

パリ


セーブル市

オロール(蜀光)
サイズ:P20, 727×530cm, 制作年:2023
私達の生涯は、一夜の夢のようなものだ。街灯に照らし出された美しい夜の街を、光に誘われて夢中で飛び回っている小さな虫に思える、そしてやがて夜は明けて、朝となる。それまでとはまるで違った光の中に出て行く。そして全てのことが白日のもとに、姿を表す。

早朝のセーブル
サイズ:P10, 55×38cm, 制作年:2005
セーブルとは現在私が住んでいるパリ郊外の町です。昔は王侯貴族に親しまれた陶器、セーブル焼で有名です。この絵は夜が明け始めて間もない時刻。あたりがまだ暁の輝きでピンクに染まっている時刻。人々がまだ活動していない時刻。空気が新鮮で、深く吸い込むと少し痛さを覚える時刻。一日が何もかも新しくて、誰もまだ触ったことのない時刻。昨日のけだるさなど一切ない、張り詰めた緊張で研ぎ澄ました時刻。どこまでも透明なブルーとピンクの鮮やかさを画面に残しいと思いました。セーブルに住み始めたころに着手してすでに10年が経過しました。ついに完成できず、細かく描きこんだ家々の姿は消え、道も消え、路上に止まっているトラックも消え、蛍光灯の仕込まれた道しるべもその形がなくなってしまい、全く敗北したまましばらく筆を置くことにしました。しかし、そのときに絵が出来上がりました。つまり完成できなかったという仕上がりです。なんと、私が描きたかったブルーとピンクのせめぎ合いが出来ていました。

冬の夜
サイズ:P8, 46×33cm, 制作年:2005
セーブル市の中心、教会の裏手。商店の並ぶ一角。町の雑踏から少し外れた路地です。とは現在私が住んでいるパリ郊外の町です。題名は「冬の夜」ですが同時に「夏の夜」としてもよかったのです。取材したのは夏だったのですが、仕上がったのは「冬」でした。そのため樹木の枝は鋭く。葉も落ちきってしまいました。右手は商店街の明かりですが、所々にクリスマスの準備の飾りもあります。ヨーロッパの街路の照明は黄色からオレンジ色が多く。そのため黄金のような色をかもし出します。相対的に夕暮れの空は目も覚めるようなブルーに映ります。その対比がとても美しい。わたしは何度も題材に求めました。街灯が時にはピンクに時にはオレンジにあるいはイエローに見えます。空はコバルト色ですがもう少し薄い。ちょうどロイヤルブルーという色があるのですが、それが一番近い。古い町を夕暮れに見ると、まるで黄金で出来たミニチュアのように素敵です。わたしは黄金色の町を絵にしたかったのです。

川 船
サイズ:F5, 35×27cm, 制作年:2005
パリの中央を流れるセーヌ川は郊外に抜けると蛇行しています。ブーローニュ市を流れるセーヌ川には老朽化した大型運搬船を改造した水上住宅が停泊しています。安く払い下げられた貨物船を買って改造し夢の住宅のようにして住むのがパリっ子の楽しみなのです。この絵はその住宅の一部分を切り取った光景です。多くの人から「この絵は何が描かれているのですか?」と聞かれます。不思議に見えるらしいのです。住宅のようにも見えるし、船のようにも見える。またその前にはボートまである。水面にはその影が映っている。なんとも不安を誘うような構図に見えるらしいのです。存在の実態は影を見ればわかります。映し出された虚像こそがその姿をあらわしています。動いてはならない生活の場は、実は揺れる水の上にあるかのように不安定な危ういものです。かえって小さなボートのようにはじめから揺らいでいるものの方がずっと確かだったりします。そんなことを考えながら描いていたのでいつのまにか見る人を不安にさせる不思議な絵が出来てしまったのかもしれません。


パリ郊外・その他

洗濯場
サイズ:F6, 41×33cm, 制作年:2011
フランスの地方には洗濯小屋があちこちに大切に保存されています。婦人たちでにぎわった洗濯小屋も今ではひっそりとしています。この小屋も裏に小川が流れています。もちろん今でも水が出て時折村の人が洗い物に使っています。時間の流れが止まったような不思議な思いにとらわれます。

菜の花
サイズ:F6, 41×33cm, 制作年:1996
菜の花のイメージはなんと言ってもその強烈な黄色にあります。ようやく暖かになった頃、畑一面に咲きそろう菜の花は地上に敷き詰められた黄色いカーペットです。パリの郊外は鮮やかな黄色一色に塗りたくられます。それは非現実の世界。夢の国です。黄色は実に扱い辛い色です。彩度が異様に高すぎるのでほかの色と調和が取れないのです。しかし魅力的な色です。長いことわたしはこの色が使いたくてしようがありませんでした。絵に成らないといわれると描きたくなります。はじめは黄色い帯を塗りたくってみます。見たままの印象でべたっと塗ってみます。なるほど絵になりません。次に一念発起して花を一枚一枚丁寧に描いてみます。なんともきちがいじみた行為です。しかしやっと花らしくなってきました。そうか、黄色一面に見えるがその構成は一枚一枚の花びらなんだ。そこで根気の続く限り一枚一枚描き込んで行きます。仕舞にはどこまで描いたのかわからなくなります。まぶたの裏では黄色い花が揺れています。絵を描くことの愚考。絵描きもバカに徹すればたいしたものだ。

深 淵
サイズ:P50, 116×89cm, 制作年:2004
深淵とは聞きなれない言葉かと思います。旧約聖書の冒頭にある「初めに、神は天地を創造された。 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。」からとりました。このイメージは大変興味深いものがありさまざまに創造をめぐらします。いったいどのような光景だったのだろうと。あるとき日本からフランスに戻る途中の飛行機の窓から外の光景を見ていました。ちょうどシベリア上空を飛んでいました。眼下には広大なツンドラ地帯が続いていました。暗黒の中に雪に覆われた茫漠とした大地が見えます。漆黒の闇夜にうっすらとオレンジ色の帯が見え始めますと、突然に鮮やかな青い帯が広がります。夜明けです。私はその光景を目の中に焼き付けました。その次に同じところを飛ぶときに水彩画でスケッチを取りました。今から10年程前です。それからというもの飛行機に乗るたびに写真を撮ったりスケッチをしたり、やっと試作品を作ることができました。それが今回の作品です。ちょうど三作目の試作になります。


ロワール地方

ヴェルヌイユ
サイズ:F10, 55×46cm, 制作年:2016
ロワール地方のロッシュから7キロほどの町です。ミルク工場の横の道を登って行くとヴェルヌイユの小さな町がある。町役場に使っている昔の城は正面から見ると、現代風の改装がされ、あまり見栄えがしない。しかし、裏手のかつての庭園の残りから見る城は堂々としている。夕日の中に浮かぶシルエットに思わず息を呑んだ。城は昔の栄華を取り戻したかのように見えた。

村の小道
サイズ:F4, 333×242cm, 制作年:2011
製作した場所は南フランスヴォークリューズ地方のフェランシエーという村です。夏のつよい日差しの中で、林に囲まれたラヴェンダーが育ちます。あちこちにひなげしがしています。静かな畑にはアブの羽音しかしません。ときどき強い風が過ぎてゆきます。

コンプレトリウムⅢ
サイズ:F8, 46×38cm, 制作年:2017
「一日が完了した」というラテン語です。「晩の祈り」の意味でも使われます。一日を終えて、夕日に向かって家路をたどる時は、えもいえぬ満足感があります。ずっしりと手応えのある疲労感は、一日を十分に働いたことのしるしとなっているようです。一足ごとに心は安らぎ、傾いた日差しはなんと慰めに満ちていることか。

ビットレーの小道
サイズ:F4, 33 × 24cm, 制作年:2010
製作した場所は南フランスヴォークリューズ地方のフェランシエーという村です。夏のつよい日差しの中で、林に囲まれたラヴェンダーが育ちます。あちこちにひなげしがしています。静かな畑にはアブの羽音しかしません。ときどき強い風が過ぎてゆきます。

「アヌンチアチオ(告知)」
サイズ:F8, 46 × 33cm, 制作年:2024
製作した場所は南フランスヴォークリューズ地方のフェランシエーという村です。夏のつよい日差しの中で、林に囲まれたラヴェンダーが育ちます。あちこちにひなげしがしています。静かな畑にはアブの羽音しかしません。ときどき強い風が過ぎてゆきます。

テオリア2016
サイズ:F6, 41×33cm, 制作年:2016
ギリシャ語で「観想」することを指します。物事を静かに見て思いを巡らすこと、深く思うことをいいます。私は20年住んだパリ郊外を後にして、ロワール地方の田舎に引っ越すことになりました。周りはただ畑と牧草地が永遠とつづいています。スケッチに出ても何も描かないで戻ることがありました。しかししばらくするうちに単調に見えた緑の草むらがなんと宝石を撒いたかのように、様々な色合いと表情を持って見えはじめました。風の動き雲の動きに呼応して実に多くを語り始めました。これらの鮮やかな色彩はわざと創りだしたものではありません。私がロワールの自然からいただいた感動なのです。そんな感動が伝わりますでしょうか?

虹色の霜景色
サイズ:F4, 33×24cm, 制作年:2012
ギリシャ語で「観想」することを指します。物事を静かに見て思いを巡らすこと、深く思うことをいいます。私は20年住んだパリ郊外を後にして、ロワール地方の田舎に引っ越すことになりました。周りはただ畑と牧草地が永遠とつづいています。スケッチに出ても何も描かないで戻ることがありました。しかししばらくするうちに単調に見えた緑の草むらがなんと宝石を撒いたかのように、様々な色合いと表情を持って見えはじめました。風の動き雲の動きに呼応して実に多くを語り始めました。これらの鮮やかな色彩はわざと創りだしたものではありません。私がロワールの自然からいただいた感動なのです。そんな感動が伝わりますでしょうか?


南仏

ラベンダー畑
サイズ:P6, 41×27cm, 制作年:1996
取材した場所は南フランスヴォークリューズ地方のフェランシエーという村です。夏のつよい日差しと山の陰がラヴェンダー畑にくっきりとコントラスト落とす独自の構図をとりました。地平線に吸い込まれるように続くラヴェンダーの畝。南仏の乾いた空気を表すべく樹木の色を薄くしました。

ラベンダー畑
サイズ:F6, 41×33cm, 制作年:2024
製作した場所は南フランスヴォークリューズ地方のフェランシエーという村です。夏のつよい日差しの中で、林に囲まれたラヴェンダーが育ちます。あちこちにひなげしがしています。静かな畑にはアブの羽音しかしません。ときどき強い風が過ぎてゆきます。


長野・上田・白樺湖


花・静物


水彩画

ガーデンチェアとバラ
制作年:2003
当作品は2003年11月にセーブルのアトリエで製作いたしました。ちょうど贈り物にしようと近所の花屋でブーケを作ってもらって、家の中で温まらないように外のガーデンテーブルに出しておいたのですが、色合いがとてもよいのでスケッチを取っておいてあとで仕上げたものです。 花屋の色取りのセンスにいつも驚かされます。どうしたらこんな組み合わせが編み出されるのだろう。天性のものだろうか。しばし考えました。

朝風の港
サイズ:29×21cm, 制作年:2001
スケッチした場所はフランス西部海岸ラロッシェルです。市街を守る2つの門を湾から見た構図です。朝もやの中世の街と城壁がかつての姿そのままにたたずんでいます。足元には大西洋の海水がひたひたと打ち寄せてきます。私は海岸で波の音を背にしていつまでもその姿をスケッチしていました。

モレ
サイズ:39×21cm
制作年:2004年
解説:「当作品は2002年6月に製作いたしましたスケッチを元にしています。場所はパリから車で1時間ほど南に行ったモレシュールロワンという印象派の画家たちに愛された土地です。中世の建物が今も残る古い水の都です。作品の建物は今はレストランに使われています。

ポン・ヌフ橋
サイズ:26×18 水彩
制作年:1994
解説:「ポン・ヌフ」はパリに流れるセーヌ川にかかる橋の名前です。「新しい橋」という意味ですが、16世紀に作られたパリで最古の橋です。朝日の中に遠くにコンシェル・ジェリが美しく映えます。王妃の監獄に使われた建物です。パリの歴史を思います。

いちご
サイズ:26×18 水彩
制作年:1994
解説:近くの農園で摘んだいちごはみずみずしく、すばらしい香りで部屋を満たしました。思わずスケッチするとその美味しさにのせらたように面白いように筆が進みました。

砂糖壺とさくらんぼ
サイズ:26×18 水彩
制作年:1994
解説:親しい夫人を訪ねたときにすてきなティーセットでもてなしてくれました。イタリア旅行の記念というものでした。おもわず家内が感嘆しました。するとその夫人は「そんなに気に入られたのならお持ちなさい」とくださいました。その夫人の思い出とともにわが家の宝物になりました。

ラベンダー畑
南フランスのferrassièresという所です。2002年6月に南フランスヴォークリューズ地方のフェランシエーという村でのスケッチをもとに製作しました。夏のつよい日差しと木陰がラヴェンダー畑にいとも鮮やかな影を落とします。地平線に吸い込まれるように続くラヴェンダーの畝。南仏の乾いた空気。刈り入れまでにあと一月。ラヴェンダーの花はまだ青く涼しげにゆれています。午後の畑には人影はなく、何の物音もしません。木の葉を掠める風の音だけが語りかけます。わたしはこの土の匂いのする空気を描きたかったのです。
